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「新経営」紹介
 
 
「洗濯機事件」の衝撃
1993年6月7日、ドイツ・フランクフルトで当時会長の李健煕が宣言した「サムスン新経営」。徹底した質重視の経営へと、
サムスンが自ら変化する第一歩となりました。
88年、李健煕の会長就任を機にサムスンは、「第2創業」を宣言。量より質を重視し、変化と改革を求める新しい経営理念をスタートさせました。その後企業として利益を出していたものの、「第2創業」で掲げた「質の経営」が役職員になかなか浸透せず、李は強い危機感を募らせていたのです。

93年、李はアメリカ出張中にロサンゼルスの家電量販店で、サムスン製品が店の隅に追いやられているのを目の当たりにしました。そこで自ら他社の製品を買い込み、ドライバーで分解して研究したのです。サムスン製品より性能が優れ、部品の数も少ない他社の製品に、危機感は強まるばかりでした。

同じ年の6月、フランクフルトから東京へ出張に向かう李に、社内放送用のビデオが1本手渡されました。そこには、サムスン電子の工場で欠陥のある洗濯機が量産されている様子が映し出されており、サムスン製品の品質がいかに低いかを社員が報告した内容だったのです。李の受けた衝撃は、あまりにも大きなものでした。
 
参加者1800人、500時間におよぶ熱弁
李は、中核経営陣約200人をすぐさまドイツ・フランクフルトに呼び寄せ、緊急会議を開きました。フランクフルトは、戦後ドイツの復興の象徴である「ライン川の奇跡」の発祥地。その教訓を幹部にかみしめさせると同時に、フランクフルトは「サムスンの奇跡」へと歩み出すのにふさわしい土地だと考えたのかもしれません。

会議では「変わらなければ生き残れない」との危機感を強く訴え、改革への意思を明確に示しました。フランクフルト会議の後もロンドン、東京、大阪、福岡と緊急会議は続き、計68日間、役員を中心に延べ1800人の参加者に対して500時間にわたりメッセージを伝え続けたのです。その内容はA4用紙で実に8500ページ。要約された冊子『サムスン新経営』は役職員に配られ、改革の必要性を全社で共有しました。
 


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